□Q版世界観-暗黒道
 太陽神フィラーハと大地神バーサが協力して広大な地上世界に恵みを与え、生命を創造した。
 神々が人間を創造した頃、魔界では悪魔達が、悪鬼を生み出し下僕としている。冥界と魔界を統べる神デムンザが地上の覇権を手にするため、使徒として遣わせた悪魔の一種となっている。人間とは全く別の生き物とされており、光より闇を好み、愛や正義よりも力と戦いを好む。悪魔の代名詞や悪魔の親族、魔人族とも言われるが人間と祖が同じであるという。それが魔界・地上どちらのものかは不明である。
 また、人間が文明を持たない古代ボルセニア期のゼテギネア大陸は古代高等竜人族の築いた巨大魔法文明があったとされるが、その後滅んでいる。ゼテギネア期まで続く魔法文化は彼らが創造したものであるという。彼らの祖が何で、いつ生まれたかについては判明していない。

 ラシュディの仮説によると、神は自らの僕として無から人を生み出し、その際全ての要求に応えるべく無限の可能性を与えたという。その証拠に
魔法力等人間はあらゆる能力を伸ばす事ができる。
 しかし、神は己を超える可能性を恐れた。そして、その可能性に封印をした。封印が解かれた時、人は人以上の力を手にする。その際異常に魔力が高まるという。しかし、多くの人は力の解放と共に、その心と肉体を冥い感情に囚われる。冥い感情に支配された状態を暗黒道に堕ちた状態といい、欲望にのまれ、狂気に走る。ある者は権力に執着し、ある者は殺戮を行い、ある者は異常に力に執着する。こうなると救う術はない。
 人以上の力を手にするには、強い精神力をもって、自らの心と肉体を制御しなければならない。冥い感情の制御は難しくちょっとした気の緩み、ち
ょっとした出来事で人は暗黒道に堕ちてしまう。強靭な精神力をもってすれば、狂気に走ることなく、冥い心に囚われる事もないらしく、精神をおかされず暗黒道を制御できた人間が存在する。
 竜牙のフォーゲル、冥煌騎士団の団長やテンプルコマンド達が挙げられる。

 力だけを信じ、必要以上に力を求めると暗黒道に堕ちるとされている。
 それ以外に封印を解く方法としては魔界の果実を食べるという方法がある。魔界の果実は食した者を生け贄にすることでオウガを召喚するという使い道もある。
 また高位の魔界の住人や暗黒道に堕ちた人間は強い冥い波動を発し、人の内に潜む冥い感情を引き出すと同時に封印を解き、その者を暗黒道に引きずり込む。影響力は魔界の果実の比ではなく、魔界の果実で封印を解いた冥煌騎士団テンプルコマンドの精神力をもってしても暗黒道への誘惑に勝てなかった。暗黒神アスモデや女帝エンドラもそうして人々を暗黒道に堕としたという。
 またザドバによれば力を欲するは暗黒道を求めることと同じだと発言している。伝説のオウガバトルにおいてLVの低い相手を殺害するとアライメ
ントが下がることからもそのことが言えるだろう。

 人間とオウガの祖が同じであるということがわかる事例としてリモンのオウガ化が挙げられる。

 オウィス島ラーヌンクルス地方のある村に流行病で妹を亡くした男がいた。男は妹を救えなかった自分と、無慈悲な神を呪った。最初は村人も男を哀れんだが、仕事もせずに家へこもり、神への恨みを吐き続ける男を次第に気味悪がるようになった。
 男は妹を失い、絶望した。絶望した心が最後に望むのは自分と世界の破壊。男は、妹の死を認められず、その現実に耐えられなかった。そして、自分と自分を取り巻く『妹の存在しない世界』すべてを破壊することを望んだ。男はついにおかしくなってしまった。叫び声をあげて家を飛び出してくるや、悪鬼のごとく村人を殺し始めた。しかし男は、偶然その村を通りかかった旅の神父の手によって、レバナーダ洞窟にとじこめられた。男は洞窟が魔界と近い場所にあった為だろうか、悪魔に心を売り渡し闇の住人となり果てた。
 ゼテギネア暦232年、アルフォンスがレバナーダを訪れた時、リモンの姿はオウガそのものだった。

 ダニカによれば、豊かな大地で生きる人間と荒廃した大地で憎しみに支配され生きるオウガ、違いはそれだけだという。人間は不安定な存在で、人間でありオウガでもある。その為に魔界の者がいなくても人間同士の争いでオウガバトルは起こるという。
 フロム曰く、魔界は皆自分の感情や欲求に従い、自由に生きる。ただ一つの法が強さである。それに比べ人間は生死とは無関係な所で憎みあい、殺し合いながらどうでも良い事に喜びを感じ笑っている。魔界の住人とは違い、心に余裕を持っているという。

 基本的に魔界の住人もエレメント・アライメントを司る6神を信仰している。魔界の住人にもエレメント・アライメントの設定があり、アライメントについて多くはアスモデを信仰している。しかしオウガや神々の末裔とされる6章のデーモン達は特殊でエレメントは設定されていない。

 付け加えておくと悪魔が醜い姿をしているというのは間違いで、多くの場合外見は人間と変わらないという。デーモン・ベルゼビュートは確かに人間の姿と同じであった。しかしザドバ・ゼーダは人間の姿をしていたが真の正体はゴーゴンであった。ベルゼビュートと同じデーモンのフロムは人間の姿とはかけ離れている。実際はどうなのかはわからない。
 しかし多くの上位の悪魔は人間に近いのかもしれない。人間は清い心を持つ者は死後転生して天使になることができる。そう考えると天使と人間、オウガと悪魔というようにそれぞれ何か関係があるのかもしれない。


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